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高尾山はなぜ“ごちゃまぜ”なのか—神仏習合という日本の知恵

  • 3月19日
  • 読了時間: 3分

更新日:3月24日

中腹あたりから(都内や横浜方面を一望)
中腹あたりから(都内や横浜方面を一望)

先日、初めて高尾山に行ってきました。


曇り空で、やや肌寒い一日。


電車で高尾山口駅に近づくにつれて、 

じわじわと花粉の気配。


山に入り登っていると、 

見事なグラデーションで悪化。

ううう...

鼻が辛い

目が辛い

くしゃみ連発がすごい😂



ここまでわかりやすいと、

むしろ清々しい。

「杉」の花粉症であることが本日判明。

ちゃんと調べたことなかったけど、 もう絶対杉😂



そして、目に入ってきたのは、

「杉苗奉納」の文字

こんなお札がずらり
こんなお札がずらり



奉納?

杉を?

奉納しちゃうの?

花粉症なのに?(自分が)



そうか..

なるほど...



杉は奉納されているんだ...



これって 参拾萬って三十万?

すっごい数やな.....




杉は神の依り代(よりしろ)とされる「神聖な木」で、

寺社への寄進(奉納)として今も植樹されているようです。


杉は建材として植林されているだけではないのね。


そうか...


奉納ね...



...

杉以外でお願いします...😂



そして天狗様があちこちにおられました。


おお、

山岳信仰

修験道。


天狗焼ーかわいい
天狗焼ーかわいい

ここにも。


パリパリの皮に 中は黒豆のあんこ


アツアツの出来たて! 冷えた体にもってこいでした。


とても美味しくいただきました。








さらに進むと鳥居があり、 

神道の気配。




一方で「真言宗」という言葉も出てくる。

これは仏教。




なんかごちゃまぜだなぁ...


と思ってたら、


道すがらの看板に「神仏習合」の文字。



なるほど。


高尾山は「神仏習合(神道と仏教が混ざった日本独自の信仰)」の山なんですね。


自分の無知に苦笑い...


近くの山なのに。

神仏習合とは、 仏教は大陸から伝来し、 政治や文化とも関わりながら、 日本にもともとあった神道と次第に融合していったことを言います。 飛鳥時代(6世紀ごろ)に始まり、平安時代に大きく発展したそう。

その根底にあるのは、

異なる思想を対立させるのではなく、

共存させていく感覚。

排除ではなく、受け入れ、取り込んでいく在り方です。

六根清浄もしました(鼻😂)
六根清浄もしました(鼻😂)

もともと日本にあった神道は、

厳密な教義やルールを持たず、

自然そのものを神として捉える感覚を大切にしてきました。


だからこそ、外から伝わった仏教も、

排除されることなく受け入れられていったようです。


この「ゆるやかさ」や、

他を許容する柔軟なメンタリティ、

新しいものに対して開かれた国民性は、

今尚日本人の中にありますよね。


その一方で、

自然に対する畏敬の念を持ち続け、

家の中の一つひとつのものにも、

神が宿っていると、どこかで感じる。


八百万の神の存在を、

信じている。


やおよろず

って、いい響きだなぁ



振り返ると、

便利に都合よく生活していて、

忘れがちな自分がいて、 改めて反省しました。


                  



ヨガの世界観について考えたとき、


アーサナにおいても

メンタルにおいても、


”柔と剛を併せ持つ”というのが、


自分にとっては一番しっくりとした理解です。



柔は、柔らかさ、変化に対応できる力、相手を受け入れる余白

剛は、強さ、芯の強さ、揺るがなさ、意志

これは芯を持ちつつ様々なものを受け入れ調和してきた、

日本の文化とも似ている気がします。



だからしっくり来るんですかね😊


                  



高尾山はハイキングの山、


というイメージがありましたが、


現代に繋がる、

信仰の山でした。













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