ヨガの定義
- 12 分前
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突然ですが、
「ヨガって何ですか?」
と聞かれたら、
何と答えますか?
ストレッチ?
呼吸?
瞑想?
リラックスする時間?
確かに、どれもヨガの一部です。
ヨガの定義としてよく知られている『ヨーガ・スートラ』には、
こんな言葉があります。
yogaś citta-vṛtti-nirodhaḥ
ヨーガシュ・チッタ・ヴリッティ・ニローダハ
ヨガとは、心の作用を止滅することである。

つまり、
ヨガとは、
"心の働きや揺らぎを静めること"
です。
ヨガの勉強を始めたとき、
このセンテンスを教科書で初めて知ったとき、
色々が腑に落ちたのを覚えています。
それ以来、心にずっとあります。
それを知るまで、
私が求めていた答えの一つだからです。
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私たちの頭の中は、
些細なことから、大事だと思っていることまで、
気づかないうちに考えごとでいっぱいになっています。
過去のこと。
未来のこと。
まだ起きていない心配。
何度も思い出してしまう出来事。
次々と別のことを考えているようでいて、
実は似たような思考や感情の中を
ぐるぐると巡り続けている。
多くはネガティブなことを。

そんなことはありませんか?
思考回路がいつも同じパターンばかりをたどるようになると、
心・思考・身体は少しずつ「反応の自動運転」に入りやすくなります。
その自動運転とはどんな状態か...?
感情、思考、身体の3つに分けて説明してみようと思います。
<感情に起こること>
心は、安心を求めて「いつもの解釈」に戻ろうとします。
たとえば、
「どうせ無理」
「また失敗する」
「私はこういう人間だからしょうがない」
「相手はきっとこう思っている」
というように、
過去の経験から作られた見方を
何度も使うようになります。
すると、実際には新しい状況であっても、
心はそれを新しいと認識できないまま、
過去と同じ反応をしてしまいます。
結果として、
不安、
焦り、
落ち込み、
怒り、
諦め
が上塗りされていきます。
<思考に起こること>
思考回路が固定されると、
思考は柔軟性を失いやすくなります。
物事は多面体。
いくつもの見方や側面が存在するのに、
いつもの一面しか見えません。
結果的に同じ結論にばかり着地します。
「やっぱり私はダメだ」
「やっぱり変わらない」
「やっぱり相手が悪い」
「ほらやっぱりね」
現実を広く見るというより、
自分の思い込みを強化する情報だけを拾いやすくなります。
<身体に起こること>
心と身体は一体なので、
当然身体にも反応が出ます。
同じ思考が繰り返されると、
同じ感情が繰り返されます。
同じ感情が繰り返されると、
身体も同じ緊張パターンを覚えます。
たとえば、
肩や首がこる
呼吸が浅くなる
胸やみぞおちが硬くなる
お腹に力が入る
顎を噛みしめる
眠りが浅くなる
疲れが抜けにくくなる
といったことが起こりやすくなります。
心は狭くなり、
思考は同じ道をぐるぐる回り、
身体はその道に合わせて固まっていく。
そして、
同じ思考が同じ感情を生み、
同じ感情が同じ身体反応を生み、
その身体感覚がまた同じ思考を強める、
というループに陥る。
実際、
”反すう思考が強いと、ひとりで過ごす短い時間の中でも、
過去に向いた・自己に向いた・ネガティブな思考が増えやすい”
ということが、
Scientific Reports に掲載された研究で報告されています。
そこで、知ってほしいのは、
固定された思考回路は「性格」そのものではなく、
繰り返したどって固定化された神経の道に過ぎない、
ということです。
悩んで答えがでないとき、
苦しいとき、
まず、思考から一歩離れて、
外側から自分自身を他人だと思って、
客観視します。

「あ、またこの考え方をしている」
「あ、今、身体が固まっている」
「あ、呼吸が浅くなっている」
気付くと、
小さな余白が生まれます。
そんなふうに、
固着した回路と、
意図的に距離を取るようにします。
繰り返していると、
気付けば、
グルグルとめぐっていた負の思考のループを抜けるのが上手になり、
別の道が見えてくることもあります。
元々ある道。
ループをグルグルしていて、
目に入らなくなっていた道です。

そうすると心身が温かくなって、
自然と自分を大事に思えたり、
自分と自分以外の繋がりを感じることができたりもします。
私にとってヨガは、
そんな時間でもあります。
