ヨガの定義
- 7月1日
- 読了時間: 5分
更新日:7月2日
突然ですが、
「ヨガって何ですか?」
と聞かれたら、
何と答えますか?
ストレッチ?
呼吸?
瞑想?
リラックスする時間?
ヨガの定義としてよく知られている『ヨーガ・スートラ』には、
こんな言葉があります。
yogaś citta-vṛtti-nirodhaḥ
ヨーガシュ・チッタ・ヴリッティ・ニローダハ
ヨガとは、心の作用を止滅することである。
つまり、
ヨガとは、
"心の働きや揺らぎを静めること"。

ヨガの勉強を始めて、
この一文を初めて知ったとき、
色々が腑に落ちたのを覚えています。
それ以来、ずっと心にあり、
よくここに立ち戻っています。
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私たちの頭の中は、
些細なことから、大事だと思っていることまで、
気づかないうちに考えごとでいっぱいになっています。
過去のこと。
未来のこと。
次々と別のことを考えているようでいて、
実は似たような思考や感情の中を
ぐるぐると巡り続けている。 何度も思い出してしまう出来事と、そのときの感情。
まだ起きていない心配、未来への不安。
多くはネガティブなこと。
それを繰り返し
上塗りしている。

そんなことはありませんか?
"全然そんなことないよ!"
という方には、
あまり参考にならない記事です...
もし、ご自身や、身近などなたかに心当たりがあるようでしたら、
続きを読んでみてください。
さて...
思考回路がいつも同じパターンばかりをたどるようになると、
心・思考・身体は少しずつ
「反応の自動運転」
に入りやすくなります。
その自動運転とは、どんな状態か。
今回は、
「感情や思考に起こること」
「身体に起こること」
この2つに分けて説明してみようと思います。
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<感情や思考に起こること>
私たちの心は、
安心や予測可能性を求めて、
「いつもの解釈」に戻ろうとします。
たとえば、
「どうせ無理」
「また失敗する」
「私はこういう人間だからしょうがない」
「相手はきっとこう思っている」
というように。
過去の経験から作られた見方を、
何度も使うようになります。
目の前で起きていることは、
新しい状況なのかもしれません。
でも、思考のパターンが固定化されていると、
その出来事をありのままに見る前に、
過去の記憶や思い込みに結びつけて解釈してしまいます。
本来、物事は多面体です。
いくつもの側面があり、
どの側面を見るかによって、
解釈も変わっていきます。
でも、思考が同じ道をたどり続けていると、
見える範囲は少しずつ狭くなり、
同じ側面からしか、
見えなくなってきます。
そしてそれを裏付けるように、
自分の思い込みを強化する情報ばかりが目に入り、
結局いつもと同じ結論に着地しやすくなります。
「ほら、やっぱりね」。
予測通りの結果になると、
ネガティブな結果でも、
どこかで安心してしまうことがあります。
「自分の予測が当たった」
「やっぱり間違っていなかった」
と感じられるから。
残念ながら、
それは、本当の意味での自己肯定ではありません。
でも心にとっては、
知らない可能性に向かうより、
慣れた結論に戻る方が楽。
「いつもの通り」
「予測できる通り」
であることに、安心できるからです。
だからこそ、
思考のループは、
ネガティブでも、
気づかないうちに繰り返され、
抜け出しがたくなってしまいます。
<身体に起こること>
心と身体は一体です。
同じ思考が繰り返されると、
同じ感情が繰り返されます。
同じ感情が繰り返されると、
身体にも同じ反応が生じます。
たとえば、不安や緊張が続くと、
身体は無意識のうちに身を守ろうとして固まります。
肩や首に力が入る
呼吸が浅くなる
胸やみぞおちが硬くなる
お腹に力が入る
顎を噛みしめる
眠りが浅くなる
疲れが抜けにくくなる
これは心の状態が、
筋肉の緊張や呼吸、
自律神経の働きにも影響しているからです。
そして身体が緊張した状態になると、
その身体感覚がまた心に影響します。
呼吸が浅いと、
不安を感じやすくなる。
胸が硬くなると、
心も閉じたように感じる。
身体が重いと、
思考まで前に進みにくくなる。
そんなふうに、
同じ思考が同じ感情を生み、
同じ感情が同じ身体反応を生み、
その身体感覚がまた同じ思考を強めていきます。
心は狭くなり、
思考は同じ道をぐるぐる回り、
身体はその道に合わせて固まり、
滞るようになる。
これが、ここでいう
反応の自動運転です。
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そこで知ってほしいのは、
固定された思考のパターンは、
「あなたの性格」そのものではない、
という考え方です。
それは、
何度も繰り返したどってきたことで強化された、
神経回路のひとつに過ぎません。
その回路が繰り返され固定化されるほど、
私たちはいつの間にか、
自分そのものだと思い込んでいる
思考や感情に引っぱられ、
本来の自分の感覚から離れてしまうことがあります。
だからこそそれは、
「変えられないもの」ではない、
ということです。
気づき、立ち止まり、
新しい選択を少しずつ重ねていくことで、
思考の通り道は、またつくり直していけるのです。
思考・感情はあなたそのものではありませんから。
思考や感情から一歩離れて、
自分だと思っているものを
客観視、俯瞰する時間をつくります。
ただ見るだけ。

”内観”とも言います。
「あ、この人はまたこの考え方をしているな」
「あ、今、この人の身体は固まっているな」
「あ、この人、深く吸えないな。吐く息が短いな」
など。
気付くだけでいいです。
どうにかしようと思う必要はありません。
そう気づくだけで、
小さな余白が生まれます。
その余白が、
いつものループから出る入り口になります。
ネガティブな結論に戻る方が、
一瞬、楽に感じることもあります。
「やっぱりね」と思える方が、
自分を保てるように感じることもあるから。
でも、本当にたどりたい道は、
そのループの外にあるのかもしれません。
まだ観えていないだけで、
元々そこにある道。
ヨガは、
その道に気づくための時間でもあります。
私にとって道しるべです。
